イラスト二十三夜
元町老人憩いの家の南隣にある石仏群に、二十三夜塔かと思われる石仏があります。損壊のため「三夜」しか読み取れませんが、二宮大磯には例が少ない月待塔です。
 

二十三夜は、二十三日の晩に月の出を待つ行事です。たいていは地域で講というグループを作り、誰かの家に集まって、時には専用の掛軸を掛け、月が昇るまでともに飲食などを楽しみます。
 

江戸時代の『東都歳時記』という書物には、湯島のお店で二十六夜待ちをする群衆が描かれ、月待ちが江戸市民の楽しみのひとつだったことがわかります。また、十九夜、二十二夜などを営んだ地域もありました。相模原市には百基を超える二十三夜塔があり、月待ちがかつて農村でポピュラーな行事であったことがうかがえます。
 

ここで、十九、二十三などの数字は実施日を示します。旧暦では、日付は月齢と比例し、月の形、昇る時刻と連動します。日付が進むほど昇る時刻は遅く、二十三夜なら真夜中、二十六夜だと薄明近くまで待つことになります。さしずめ今なら、テレビで「二十三夜紅白歌合戦」でも見て、見終えたら初詣ならぬ月見に出る、という具合になったでしょう。

気になるのは、近代以降、新暦の二十三日にこの行事を行なっていた地域です。
 

新暦では行事のたびに月の出時刻が変わってしまいます。待っていたのに月が昇ってこなかった、ならまだしも、さあこれから二十三夜講!と楽しみに自宅を出たとき、夕空にもう月が出てしまっていたら…
中止?それとも、見なかったことにして道を急いだのでしょうか。

作者 澤村泰彦(平塚市博物館

2015.11.1発行「しお風」掲載

 しお風 神保智子