二宮町には、妙見という地名があり、妙見神社があります。

妙見様は、北極星、北斗七星を神格化した神様です(仏教では妙見菩薩といって仏様のひとつです)。江戸時代には各地に妙見宮、妙見社があり、関西の能勢妙見、星田妙見などがよく知られていますが、千葉市の千葉神社なども妙見様をお祀りしてきた神社です。
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夜空の星が、北極星(天の北極)を中心に巡っていることはご存知でしょう。中国には古来、星たちを統制する者として天の北極を神格化する思想がありました。そこで、大陸の影響を受けた日本のさまざまな信仰の中にも、北極星への信仰が見られます。

ただし、平安時代より前だと、現在の北極星は天の北極になく、このため「妙見さま=北極星」といってしまうと、厳密には誤りといわれるかもしれません。

天の北極にある星は、統治者天帝の座所とされました。古代の都は、平城京も平安京も、天皇は北に座し南に向かって号令するよう宮殿が配置されています。これも、天上の権威を地上の国の統治に反映したものとみられます。

明治政府の 宗教政策によって神社の系譜は再編され、妙見様のように神か仏かもあいまいな神様は、祭ることが難しくなりました。結果、社名を変更したり、祭神を公認の系譜にあてはまるよう改称するなどして存続を図ったお宮が少なくなかったと思われます。

二宮町の妙見神社は、江戸時代後期に編纂された『新編相模国風土記稿』に「寛文九年再建の棟札あり。大應寺持」と記されます。寛文は江戸時代前半の年号です。


作者 澤村泰彦(平塚市博物館

しお風 神保智子