私はずっと天文の学芸員をしてきましたが、新聞の取材で、大学での専攻が実は漢文だったと自らバラしてしまいました。で、このさい開き直って、今回は漢詩のご紹介です。

旧暦の七夕、七月七日は、季節は今の八月、立秋のころでした(ちょうど本紙発行の時期です)。唐の詩人李賀に「七夕(しちせき)」の詩があります。途中からご紹介します。

鵲(かささぎ)は辞す 穿(せん)線の月/ 花は入る 曝(ばく)衣の楼/ 天上 金鏡を分ち/ 人間(じんかん) 玉鉤を望む/ 銭塘(せんとう)の蘇小小/ 更に値(あ)う、一年の秋

ね?七夕は、七月ですが「秋」なのです。他にも、詩の中から、昔の中国の七夕には、月光の下で針に糸を通してみたり(線を穿つ月)、衣を干す習慣(曝衣の楼)があったことなどが、うかがえます。

さて、銭塘は地名、蘇小小は中国の南北朝時代の歌妓の名とされ、李賀には他にも同じ女性を題にした「蘇小小の歌」という絶唱があります。私が学生時代にテキストとして用いた本では、題の「歌」の文字は「墓」でした。 

つまりその詩は、夜の墓を歌うのです。
「幽蘭の露/啼(な)ける眼の如し」に始まり、亡き女性の想念を宿す如く、鬼気迫る風物描写が続いて、最後は「西陵の下/風、雨を吹く」と狂おしい天候を述べて一編を結びます。先の七夕の詩と合わせ読むと、李賀はたとえば亡くした恋人を「蘇小小」に託しているのでは、などと空想がふくらむでしょう。

李賀の詩には、物に魂が宿るような濃密な描写が度々現れます。私は道を違えてしまいましたが(ああ先生、ごめんなさい‥)、いま、博物館に所蔵する品々には、それに関わり、手を触れた方々の、その時々のさまざまな心が宿っています。その認識は、これからも大切にして行きたいと思います。
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2018年8月10日発行地域コミュニケーション紙「しお風」から転載
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しお風 神保智子