二宮の袖ケ浦海岸近くに新興数寄屋と呼ばれる新しいスタイルを築いた建築家吉田五十八が設計した旧山川秀峰・方夫邸があります。
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旧山川邸は現在湘南遺産に登録されています。

山川秀峰は美人画で有名な日本画家です。その息子の山川方夫は、江藤淳、曽野綾子を世に送り出した「三田文学」編集者で、芥川賞候補にたびたびあがり、注目された作家です。

この二人は二宮に大変ゆかりがあります。二宮との結びつきは、1943(昭和18)年に父秀峰が「どうせ海岸に住むのなら、海の一番よく見えるところしよう」と別荘を建てた時から始まりました。

翌年一家で疎開し、半年もたたないうちに父秀峰の突然の死。
二宮から東京まで通う長い道程、恩師の劇作家梅田春夫との出会いなどが山川方夫の文学に大きな影響を与え、結婚生活も二宮の地で始め、34歳で交通事故により突然の死。山川文学は二宮の地で始まり、この地で終わっているとも言われ、二宮は「最初の秋」「夏の葬列」をはじめ様々な作品の舞台となっています。

次回から作品に描かれた二宮の場所を紹介してみたいと思います。

2020年5月10日発行地域コミュニケーション紙「しお風」から転載。

「しお風」 神保智子